「がんばらなきゃ」を手放す日

わたしを肯定する練習

ふと気がついたときには、
また「ちゃんとしなきゃ」「がんばらなきゃ」って自分をせかしてる。

子供の頃は親、先生、先輩いろんな人から注意されることも多かった。
大人になった今は別に誰に言われたわけでもないのに。
頭のどこかに、“怠けたらダメ”のサイレンが鳴り響く。

たとえば——
本当は疲れてるのに誰かのために動こうとしてしまったり、
本当は悲しいのに「大丈夫なふり」でその場をまるく収めようとしたり。

反対に優しくしたいのに、なぜかイライラしてしまう日もある。
ちゃんとやりたいのに、うまく動けない日もある。

そんな自分を目の当たりにして「ああ、またがんばれてない…」って落ち込む。
がんばれない自分にダメ出しして、
明日は今日の分も“もっとがんばろう”って自分を追い立ててしまう。

「がんばらない日」を、自分にゆるす。

最近ふと気づいたことがある。
がんばることって“がんばらなくていい日”があるから、ちゃんと続けられるんだって。

四六時中、全力なんて無理なんだ。
でも“力を抜くこと”って、私にとってはめちゃくちゃ勇気のいることだった。

でも今日は——
がんばらないことを、あえて選んでみる練習をしてみた。

お昼寝してもいい。
ごはん作る気がしなかったら、コンビニで済ませたっていい。
「ちょっと今はムリ」って、誰かにゆだねるのも悪いことじゃない。

「今日だけは、がんばらない」って決めてみたら
少しだけ呼吸が深くなって
少しだけ、気持ちがほどけた。

不思議と
「がんばらなきゃ」が抜けたあとって、
自然に“やってみようかな”って気持ちが戻ってくることもある。

自分に向けた、ひとことメッセージ。

今の私は、たぶん誰よりも自分に厳しかった。
それって誰のためだったんだろう。
認められるため? 好かれるため?
それとも…そうしなきゃ価値がないと思ってたから?

でも、もういいよ。
私は今日までちゃんと生きてきた。
それだけで本当はえらかった。

今日は少しだけ、自分を甘やかす日。
がんばってきた自分に「予定とか誰かの目とか、関係ない。自分が本当にしたい事しようよ」って言える日。

明日じゃなくてもいいじゃないか。
また自然と動きたくなったら動けばいい。
止まったって、大丈夫。

何もできない日も、そのままの私で大丈夫。

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