頼ることに“罪悪感”を感じていた過去の私
「ちゃんとしてる人」って、何でもひとりでできて、迷わず、弱音を吐かず、全部こなしていける人のことだと思ってた。
だから私は、誰かに頼ることを「自分がダメだからだ」って思ってたし、「ひとりでできない自分=情けない」って、勝手に決めつけてた。
小さい頃から「もっとしっかりしなさい」って言われることが多くて、人に頼ることはダメな事なんだと思い込んでいた。
だから、どんなにつらくても限界が来るまで助けて欲しいなんて言えない。本当はかなりしんどいのに「大丈夫」って笑って、いつのまにか“ひとりでなんとかする”が当たり前になっていた。
この染み付いた我慢癖みたいなもののせいか、何度かストレスで倒れたこともあった。
「頼っていい」なんて言われても、頼れない
でもある日、涙が止まらなくなった。
涙が止まらなくなった私の隣で、黙ってティッシュを差し出してくれた。
「泣き終わるまでここにいるよ」って、その人は茶化さずに言ってくれた。
「ひとりで抱えすぎなくてもいいんだよ」って、そう言ってもらったとき、胸の奥がじわっとあたたかくなった。
張り詰めていた何かがふわっとほどけて、余計に涙が止まらなくなった。
あの時初めて「頼るって、悪いことじゃないんだ」って気づいた。
誰にでも甘えていいわけじゃない。
でも“この人なら”と思える誰かがいること。その人に勇気を出して頼ること。
それは全然甘えなんかじゃない。
「ひとりでできること」より「一緒に生きていけること」
ずっと「ひとりで全部やらなきゃ」と思ってたけど、それって、ある意味「誰のことも信じてない」ってことなのかもしれない。
本当は弱い自分を見せるのが怖かっただけだった。
「助けて」って言うのは、たしかに勇気がいる。
でも、限界まで無理して倒れたりしたら、それこそ周りの人を困らせてしまう。
あのときの私は、「頼っていいよ」と言われても、どうしていいか分からなかった。
少しずつ頼れるようになった今、驚いてることがある。
それは――「早く言ってくれればよかったのに」って、思いがけず優しい言葉をかけられること。
やさしさとか、安心とか、人とのつながりを、そこで初めてちゃんと感じられた。
自分が想像していたより、まわりの人たちはそんなに“鬼”じゃなかったんだなって(笑)
ひとりで全部やらなきゃいけないことなんて、案外ないのかもしれない。
時には、人に頼ったっていい。
もらったやさしさは、いつか別のかたちで返せばいい。
そう思えたら、ふっと肩の力が抜けて、少しだけ、世界があたたかく見えた気がした。


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