自分を出すのが怖い「嫌われたくない」がいつもある
私はずっと自分を出すのが怖かった。
言いたいことがあっても、周りと意見が違えば飲み込んでしまう。
だって本音で話して嫌われたら、立ち直れない気がするから。
だから、いつも空気ばかり読んでた。
たとえば、自分が好きなもの。
もしそれを否定されたら、ダブルでしんどくなる。
そんな不安がいつもどこかにあるから、波風立てないことを最優先してた。
それがもう長年の癖になっていた。
でも“人からどう思われるか”ばかり考えてる自分には、正直もう疲れてた。
「好かれるであろう自分」しか出せなかった
私が見せていたのは“取り繕った自分”だった。
・弱音を吐かない自分
・いつも笑顔な自分
・みんなに合わせられる自分
そういう自分しか「出しちゃいけない」と思ってた。
でもその裏には「本音を見せても、理解してもらえるはずがない」という思い込みがあった。
本当は、気分の浮き沈みもあるし
誰かに甘えたいくらい弱ってる夜もある。
人知れずオタ活に夢中になってる日だってある。
──でも本音で話したら…
何それ変なのー!って、笑われる気がして。
子どもの頃、好きなものを語ったら馬鹿にされて仲間外れにされたことがあった。
子供特有の一過性のものだったはずなのに、大人になっても、ふとした瞬間にあの空気を感じる。
だから私は今でも「素の自分」を出すのが苦手だった。
“さらけ出す”って、勇気より「信じる力」だった
ある時、いつもキラキラ楽しそうに見えていた友達が
ぽつんと弱音をこぼしたことがあった。
「そんな風に思ってたんだ」って驚いたけど
その瞬間、その子のことがすごく愛おしくなった。
完璧じゃないからこそなんだか前より近く感じた。
その時、気づいた。
人って“ちゃんとした人”じゃなくて“本音の人”に惹かれるんだなって。
それから私も心から信頼できる人には
“ちゃんとしてない部分”も見せてもいいのかもしれない、と思えるようになった。
うまく言えないこともあるけど、少しずつ本音を出すように心がけた。
不思議と「それ分かる!」って言ってもらえることが増えていった。
自分を出しても嫌われなかった
今でもやっぱり怖い。緊張もする。
特にあまり交友が浅い人たちがいるときなんかは、なおさら。
でも思っていたほど、世界は冷たくなかった。
自分を出した瞬間に
誰かの心の扉がふっと開くような──
そんな体験が、何度もあった。
誰かに好かれるための「仮の自分」じゃなくて
ちゃんと“本当の自分”でつながれること。
それが、思ってた以上にあたたかくて…
逆にその方が嫌われないんだって思えた。
自分を出すって「勇気」じゃなくて
“相手を信じてみること”なのかもしれない。


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