懐メロが沁みる“今”にある違和感 ― 物はあるのに心が乾く時代 ―

恋の狭間で泳ぐ
Screenshot

なんでこんなに沁みるんだろう

ふいに流れてきた90年代の曲を聴いて、気づけば涙がにじんでいた。

globe、ZARD、華原朋美、鈴木あみ、TRF、松たか子…
子どもの頃は、ただ流行ってるから聴いていただけだった。
当時は小学生だった私には分からなかった“深み”が、今はまっすぐ胸に届く。

「大人になって初めて、この歌の意味が分かった」
そんなふうに思わせてくれる音楽が、たしかに存在してた。

好きなものを、好きって言えない時代?

最近、若い子に「好きなアーティストは?」って聞くと、ちょっと困ったような顔をされることがあるらしい。

えっ、なんで?と思って調べたら、どうやら「好きなものを言うのがこわい」って感覚があるみたい。
「それ微妙じゃない?」って思われたらイヤだから。
「変に思われたくない」から。

それを聞いたとき、正直びっくりした。
私たちは、好きなものを語ること自体が“自分を知ってもらう手段”だった気がするのに。

好きって言葉すら、慎重にならなきゃいけない時代。
“選択の自由”はあるのに、どこか不自由。
繋がっているようで、繋がれない空気が漂っている。

「あるのに足りない」この不思議な空気感

今はなんでも手に入る。情報も、モノも、便利さも。
だけど、なんでこんなに“乾いてる”んだろう。

歌詞の中にあるような、
「誰にも言えない想い」「比べてしまう気持ち」「泣きたくなる夜」
そういう感情を、ちゃんと受け止める場所が減ってきている。

今どきの流行りの曲は、「30秒でバズる」ことが重視されがちで、テンポやフックの強さが求められる。
でもそれって、“残る”というより“消費されていく”音楽かもしれない。

音楽はただのBGMじゃなくて、感情の居場所。
思い出に残る曲って、最初はピンとこなくても、ふとした瞬間に沁みてくるものだ。

大人の未完成、それもまた愛しい

90年代の曲って、「未完成なままの美しさ」があった気がする。
完璧じゃないけど、誠実で、不器用で、それでもまっすぐで。

globeの《Can’t Stop Fallin’ in Love》の
「いつもは指輪をはずしていたのに」
って歌詞を聴いて、小学生の頃は意味も分からずただ口ずさんでた。

でも今は、その一文にドキッとする。
不倫?秘密?苦しさと切なさと、どこかリアルな感情。
子どもの頃には見えなかった“人生の複雑さ”が、そこにあった。

未完成で、不器用で、でもだからこそ心に残る。
そんな音楽が、今の自分にも沁みてくるのは、あの頃の自分が何も知らなかったからこそかもしれない。

まとめ

  • 子どもの頃は気づけなかった“深み”が、大人になって沁みてくる
  • 今の時代は、好きなものを好きと言うことすら難しくなっている
  • 物はあるのに、心は乾いている
  • 懐メロは、“未完成な人間らしさ”を思い出させてくれる
  • 音楽は、ただの娯楽じゃなく「心の居場所」でもある

誰かがあの曲を聴いて泣いている夜

この世界のどこかで、誰かがひっそり泣きながらあの曲を聴いてるかもしれない。
それだけで、今日も生きてていいかも、って思える夜もある。

コメント

タイトルとURLをコピーしました