倍速じゃ届かない恋がある。情緒の中にいた“あの頃の私たち”へ

恋の狭間で泳ぐ
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「やっぱ好き」を感じた夜

流行ってるから聴いてるんじゃなくて「やっぱ好き」って感じたから、今またglobeを聴いてる。

ひと仕事終えた夜にふと「あの曲、なんか久しぶりに聴きたいな」と思って検索した。
理由はない。ただ、なんとなく思い出しただけ。
でも、そこには確かに“感覚が動いた何か”があった。

1. イントロの長さに泣きそうになった夜

最初に再生したのは「Can’t Stop Fallin’ in Love」だった。
そこからglobeを何曲か巡っていくうちに、気づけば「Perfume of love」のページを開いていた。

再生ボタンを押して流れてきたあの長いイントロで、もう泣きそうになった。

——「そうだ、こういう感覚だった」

コメント欄にあふれていた言葉に、ただただ頷くしかなかった。

イントロの長さすら魅力って、今の時代の子たちは理解できるだろうか?
この“間”が神なんだよな。

嘘がない気がする。自然に深く浸透してくるんだよ。
こんな曲、また出てきてほしい。

若い世代が「この時代に生きてみたかった」って言ってるのがまた泣ける。

それを見て思った。
自分の感性に気づきはじめた若者が、“ちゃんと感じてた時代”を探しに来てるんだって。

2. 倍速じゃ、届かないものがある

今って、何を好きかより「何を消費したか」の方が重視されがち。
「おすすめされたから観た」「バズってるから聴いた」
そんな情報の波に乗って、次へ次へと流れていく日々。

映画は3時間でも「長い」と言われ、
イントロが30秒あるとスキップされ、
スマホを触らずに最後まで観ることの方が珍しくなった。

でも、本当の感動って、“間”に宿ってたはずなんだよね。

イントロの静かな始まり、余白の多い手紙、じんわり進む映画のシーン……
そこにあった“感じる時間”を、今の私たちはどこかで失ってる。

恋だってそう。
一瞬のスペックや条件じゃなく、時間をかけて惹かれていく“にじみ”みたいなものがあったはず。

3. ギリ昭和に生まれてよかったと思えた理由

私はギリギリ昭和生まれ。
もう「若い」と言われる年齢ではないし、時代としては生きづらいことも山ほどあった。

押しつけ、固定概念、世間体、気合い、根性…。
今では信じられないような価値観もたくさんあったと思う。
嫌な空気も確かにあったけど——

でも、あの時代が、“情緒の原液”を私の中に育ててくれたと思ってる。

だから今、globeのイントロを聴いて涙ぐむ感性が残ってる。
“いいもの”にちゃんと反応できる体温が、まだある。

それって、ものすごくありがたいことだなって思うんだ。

4. この感性は、時代を越える贈り物だと思う

globeのコメント欄を見て思った。

時代を超えて共感してくれる人が、世代を超えて存在しているってこと。
「これって、すごいことじゃない?」って、静かに確信が湧いた。

若い子の中にも、「この曲をリアルタイムで聴いてみたかった」
「この時代に生きてみたかった」って言ってる子たちがいる。

効率じゃない価値。
早送りできない感情。
飽きられない“何か”があるもの。
それがglobeには、確かにある。

でも、これはglobeだけの話じゃない。
私たちがまだ感じ取れる“重さ”“余白”“深さ”のあるものすべてに、その可能性が宿ってると思う。

倍速にしたくない

恋も、音楽も、人の心も。
倍速じゃ、ちゃんとは届かない。

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