その違和感、わたしだけじゃないはず

感じすぎるわたしの言葉

その違和感、わたしだけじゃないはず

“みんなと同じじゃない”ことが怖かったあなたへ

「それって違うと思う」でも言えなかった。

それってどうなの?違うと思う。

でもそれが言えない。

空気を読んで、みんなに合わせて

本音は飲み込んで「いいと思います」って相づちを打つ。

そうすれば波風は立たないし、場も壊れない。

でも、心はザワザワしてる。

「それよりこっちの方がいいでしょ?」って。

周りと意見が違うこと、

何かに共感できない自分、

テンションについていけないことが多い。

自分が感じたことをそのまま言ってしまったら、

「何そのこだわり、めんどくさい奴。黙ってりゃいいのに」って思われそうで

つい言葉を選んで飲み込んでしまうんだけども。

“少数派になること”が、なぜこんなに怖いのか

日本って、上からの意見に黙って従うのが美徳とされてる。

「空気を読む」「みんなと一緒」が当たり前に求められている社会。

意見を持つこと、

違う価値観を表現することが、

なぜか“波風”として扱われてしまう。

それって、他を許さない“見えない圧”だと思う。

自由に発言していいと言うわりに、

有無を言わさぬ暗黙のルールが確実に存在している。

それがどうにも息苦しい。

歯向かうつもりもない。

だから合わせたっていいはずなんだけど、

いつも周りに流される自分に違和感を感じている。

エネルギーで言えば、“合ってない周波数”に無理やり合わせてる状態

私の感覚は、静かで、内側を見つめる感じ。

だから、外のにぎやかさや正しさに無理して同調しようとすると、

エネルギーが摩耗していく。

本当は、共感できてない。

本当は、納得もしていない。

でも「今ここでそれ言うのめんどくさいよな」って、飲み込んでる。

その繰り返しが、

自分でも気づかないうちに“しんどさ”として蓄積されていく。

わたしだけおかしいのかな?って思った日々

SNSで盛り上がってる話題に共感できないとき、

誰かが「これって神だよね」って言ってるものに、

あまり響かない自分がいたとき、

「私、感性おかしいのかな」って、

本音を伝えられずに孤独を感じていた。

でも最近、ようやく気づけた。

それってシンプルに「合ってないだけ」なんだって。

別に、ズレてるとか、間違ってるとかじゃない。

他の人と感じ方の軸が違うだけ。ただそれだけ。

違和感は、わたしの感性が“ちゃんと動いてる”証拠だった

ほんとは、もっと正直に話したかった。

ほんとは、笑えないときもあった。

ほんとは、「それ、ちょっと違うかも」って言いたかった。

でもそれができなかったのは、

少数派になることが怖かったから。

変に晒されて

“ひとりぼっち”になるのがとにかく怖かった。

だけど今は、ちょっと考え方が変わった。

その他大勢と違う感じ方ができるって、

実は一種の才能なんじゃないか。

みんなと違うからこそ貴重な意見になる。

最後に:もう合わせすぎなくていい

あなたが今、感じてる違和感は、

わがままでも、感受性が強すぎるせいでもない。

それはきっと、

「もう、そろそろ自分に正直に生きようよ」っていう

内なる自分からのサイン。

全員に好かれなくてもいい。

“変わってるね”って言われても、堂々と笑っていればいい。

多数派じゃないからこそ感じられる何かがある。

自分の感覚にフタをしないで生きるって、最初は怖い。

でも、その怖さを越えた先に、“ほんとの居場所”がある。

「みんなと一緒」に違和感を感じたあなたは、もう十分、目覚めてる。

だから、どうかその感性のまま、自分に正直でいて。

あなたのその“違和感”が、これからの世界を変えていく。

まずは、あなた自身の世界から。

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