さみしいって言えなかった

だれにも言えないこと

「さみしい」って、どうしてこんなに言いにくいんだろう

さみしいって気持ち、本当はずっと持ってた。
でも、口には出さない。
なんだかそれを言ったら「負け」な気がして。
そのまま全部弱さに崩れていきそうで怖かった。

そんな弱い自分にいちいち構ってられない。
色々やる事もあるんだし。

誰かと笑ってても、いざ家に帰ると自然とため息が出る。
肩肘はって緊張してたんだと、気づく。
スマホには通知がひとつもない日もよくある。
わたしが今日感じたことや考えたこと、誰にも知られないまま1日が終わる。

「さみしい」って、何かを期待してるみたいで言いたくない。
だってかまってちゃんとか思われるのも嫌だし。
それにめんどくさい自分にはなりたくないから。

こんなわたしって生きてる意味あるのかな?
そう思う夜が何度もあった。
だから、夜は嫌い。

「さみしさ」って、弱さなの?

わたしはずっと「強くならなきゃ」と思ってた。
泣いたらダメ、依存したらダメ、誰かを求めたらダメ。

子供の頃から注意力散漫な私は、しっかりしなさい!とよく言われてきた。
怒られるのが嫌でそれが当たり前になってた。

そうやって1人で立てるようになることが大人だと思って生きてきた。

でも本当はさみしい時、誰かに頼りたかった。
ただ「今日つらかったんだ」って聞いてほしかった。
それが本音。

“ひとりじゃない”って思えたら、それだけで救われるのを知っているから。
はじめて本気で好きになった人とのメールのやり取りが私を救ってくれた。

でも最後は、重いよって心底嫌そうな顔して言われて終わった。
それから私は弱さを人に見せれなくなった。

「さみしい」と言えた日のこと

ある日、どうしようもない夜があった。
心がぎゅうっとなって、好きな人の声がどうしても聞きたくなって
思いきってひとことだけLINEを送った。
あんまり深刻にならないように変な絵文字をつけて。

「いま、ちょっとさみしいかも」

そのメッセージにすぐ返事はなかったけど、
次の日「昨日、気づけなくてごめん。話す?」って返信がきた。

それだけで、涙があふれた。
ああ、わたし、こんなに誰かに触れてほしかったんだ。
こんなに「わたしの気持ち」を見てほしかったんだって。

あの日から私は少しずつ「さみしい」を出すことができるようになった。

自分の中にある「さみしさ」を否定しなくていい

「さみしい」って感情は、わたしの中にずっとあった。
でもそれは、わたしがダメだからじゃない。
心が誰かを求める、あたりまえの感情だった。

人に甘えたくなる夜もあっていい。
話を聞いてほしいと思う日があっていい。
そんな自分を、責めなくていい。

わたしは、あの日「さみしい」って言えたことで
少しだけ強くなれた気がした。
本当の意味で、優しくなれた気がした。

「さみしい」って思うことを悪いことにしないで。
それもちゃんと大切な気持ちなのだから。

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