「もう一度、あの人と繋がりたい」——前の私が願っていた再会
ずっとそう思ってた。
でも、それは“前の私”が願ってた再会だった。
昔のわたしは、
「愛されたい」「選ばれたい」っていう想いの奥に、
いつも“寂しさ”と“自信のなさ”が隠れてた。
だからなのかもしれない。
「もう一度やり直したい」っていう気持ちは、
どこかで“執着”と紙一重だった。
七夕の夜に気づいた“今の気持ち”
でもね。今日、七夕の夜にふと思った。
わたし、たしかにまだあの人が好き。
でも——彼の気持ちをもう一度取り戻したいっていうのじゃない。
なんて言うかもう、前の関係性の2人じゃないなって。
「隣にいたいから」じゃなくて
あの人に笑ってほしい。
その笑顔を、また見たい。
でもそれは、前みたいに「隣にいたいから」じゃなくて、
ただ、そう願える自分でありたいから。
昔は、自分1人じゃ欠けてて光を持ってない気がしてた。
あの人がいてくれなきゃ、私はダメだって。
でも今は違う。
わたしは、🌕「夜を照らす月」のように
ちゃんと自分で“誰かの光”にもなれてると思える。
また出会うのなら、そんな自分で会いたいと思った。
手放すのはやっぱり怖かった
ほんとはね、今日も怖かった。
この想いを手放すのは、やっぱり寂しかった。
でも、空を見上げたら——
今日は珍しく、七夕が晴れてた。
「いまなら、この気持ちも見送れる」って思った。
過去じゃなく、未来に結ぶ手放し
だから、わたしは決めた。
この気持ちを、過去に置いていくんじゃなくて
🌌未来に願いとして、そっと結んでおこうって。
もう一度、どこかで交差できたらうれしい。
今の私と、今のあの人として。
終わりじゃなくて、“灯りをともす余白”。
📘これは、恋の物語じゃない。
ひとりの人間が、“好き”という感情に
ちゃんと向き合って、愛として手放す話。
そんな七夕の夜が、
誰かの“終わりじゃない手放し”を
そっと支える灯りになりますように。
——ありがとう。大好き。そして、さようなら。
でもいつか、またどこかで。


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