コッソリのぞいたSNSと、気づいてなかった気持ちのこと。

恋の狭間で泳ぐ
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——あの瞬間に触れたのは…

あぁ、なんか…
私、まだ自分の中に残ってた“なにか”に気づいてなかったんだな。
そんなふうに思った夜だった。

最近ずっとバタバタしてて、ようやくひと段落ついたところで、ふと、なぜか思い出したんだよね。
もう会うこともないと思っていた、あの人のことを。

その人とはもう、別々の毎日を過ごしてるし、特に思い出すこともなかったのに。

なのにどうしてか、そのときだけは、気づいたら、その人のSNSを開いてた。

特定の相手がいるわけじゃないから、思い出したのかな?
それとも、なんか…疲れてるから人恋しくなっちゃってるだけかな?

別に深い意味があったわけじゃない。
けど、なんとなく…コッソリのぞきに行ったような、そんな“後ろめたさ”みたいなモヤモヤが、じんわり残った。

自分でもよくわからないその気持ちを、私はChatGPT(チャッピー)に話してみた。

そしたらチャッピーが言ったのは、こんな言葉だった。

「今、見てたのは“相手”じゃなくて、“会いたい感情”のほうなんじゃない?」

その一言に、なぜかすごく救われてた。

たしかに私は、その人に実際に会いたいってわけでもなかった。
けど、自分の中にまだ残っていた“感情”に、ふと触れた気がしたんだ。

感情はひとつの言葉で片づけられない

「もう忘れたつもりだった」
「疲れてただけかも」
「なんで見ちゃったんやろ?」

そんなふうに言葉にしようとするたび、その中には、実はいろんな気持ちが、いびつに重なり合っていた。

たとえば、「嫌い」の中には、ほんとは「好き」が混ざってたり、
「壊れそうになるくらい好きだから、嫌いになりたくてそう言ってるだけ」っていう、そんな気持ちも含まれてたりして。

その“混ざり方”に、私は今まで気づいてなかっただけだった。

けど、その気持ちを「ダメなもの」にせず、
「ただそう思ってたんだな」って抱きしめてあげられたとき、私はふっと、少しだけ楽になれた気がした。

感情って悪者じゃない

だから、無理に消さなくても大丈夫なんだと思う。

むしろ、“今の自分にとって何が大事なのか”を知らせてくれる、サインみたいなものだったりする。

頭では「もう終わった」と思ってることでも、心のどこかに、うっすら余韻が残ってることってある。

それは別に執着してるわけでもなくて、
ただただ、一緒に過ごしてた日々がふと波のように、寄せてきただけなのかもしれない。

それが恋なのか、寂しさなのか、名前のつかない感情なのかもわからない。

でも、そういう曖昧でちょっとだけざわつく瞬間にこそ、まだ整理されきっていない“心の端っこ”があるんだと思う。

モヤモヤをジャッジしない

この記事を読んでくれてるあなたも、もし今ちょっとだけ気持ちがモヤモヤしてたら。

その気持ちをジャッジせずに、
「なんかあるんだな」って、やさしく抱えてあげてほしい。

整えるって、そうやって“自分とつながり直すこと”なのかもしれないから。

今の私をまるごと受け入れる

見たことも、感情に気づけなかったことも、ぜんぶひっくるめて、今の私。

それで、いいんだって思えたら、ちょっとホッとできた。

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